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最近の照明器具 [本日の感謝]

・・・はスゴいと思った。

ウチは賃貸だ。築年数約30年というボロ物件だが、東日本大震災の時にも大したヒビ割れを生じたわけでもなく、割と頑丈な建て物らしい。1部屋のごく小さい部屋だが、日当たりもよく、最寄り駅からも比較的近く、そしてその最寄り駅周辺は非常に便利なため私はこの部屋が大好きなのだ。

しかしながら私が引っ越してきてからも既にかなり年数が経っており、建物自体もボロ物件なので微妙なところで故障が起きる。

8月中旬のある日、いつものように電気(天井の照明)を点けたらいつもと異なるカチっという音がして電気が点かなくなってしまった。常夜灯(豆電球のようなちっこいやつ)は問題なく点灯するので、蛍光灯の寿命だろうと思った。いかんせん引越してから一度も交換していなかったのだ。

・・・が、蛍光灯を交換しても点かない。インバーターが壊れてしまったらしい。

そこですぐに不動産屋に連絡をしてさっさと交換して貰えばよかったものの、私の悪いクセと、天井照明とは別にランプがあるので然程の不便を感じず、そのまま放置。しかしながら、これから冬になって朝は暗くてランプでは顔を作りづらくなる(≒うまく化粧できなくなる)と考え、やっと照明を取り換えてもらった。

もはや世間では当たり前なのだが、新しい照明器具はLEDに切り替わっており、リモコンで操作できる。暖色や寒色の選択や明るさの調節が可能であり、なんとタイマーでオンオフができる。

なんと素晴らしい技術の進歩だ。

明日から超早起き生活が始まるので、早速目覚まし照明を使ってみようと思う。そして、買った蛍光灯の使用用途が消えてしまったので、どこかの売ります買いますコーナーに出品する予定だ。
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ウン年ぶり [本日の感謝]

・・・に、小旅行に行ってきた。

厳密にいえば昨年11月にナントカブルーを見に行ったのが最後にして最新だったが、これは日帰りで大々的に観光地化されていないのでカウントしないことにする。とすると、旅行らしい旅行に行ったのは、パワハラ会社に就職する直前、2014年の12月が最後になる。私にとってはどちらかというと里帰りに近い感覚なので微妙なところだが、これを最後とする。

もちろん、その後のビンボー生活のお陰で以前のような贅沢はできない。今回も調べに調べ、いつか行きたいと思っていた国内の某世界遺産を観に行ってきた。

夜行バスでだ。

夜行バスを利用するのは今回で2回目だ。初めてではないのである程度想像はしていたが、キツかった。。。往路はどうやら後輪の真上の席だったらしく、左足は伸ばせるものの、右足側は妙に出っ張っていて伸ばせない。エンジンが近いらしく、振動とエンジン音がすごい。復路は一番前の席で、前の人に遠慮することなく足が伸ばせると思いきや、これもまた変な出っ張りがあって左足を少し伸ばせる程度だ。右足は左足の上に無理矢理乗せて伸ばすしかない。さらにこれまた前輪の真上だったらしく振動がすごかった。そして、運転席から聞こえてくるカチカチというウィンカーの音が気になった。

さて肝心のその世界遺産だが、それはそれは立派なもので、昔の人のエラい人の権力たるや、現代のような重機や道具がない状態でそれを構築する技術たるや、それはもう感心するばかりだ。街全体が観光地化しているため割と周りやすい。観光案内所を通して、自転車を無料で借りられたのはありがたかった。お天気にも恵まれた。

相変わらずのビンボー旅行だったが、十分満喫できた。

復習も兼ねて、もう一度パンフレットを読もう。

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戦後70年ということ [本日の感謝]

2015年は、私にとってとても厳しい年になった。

最後にしようとしていた職場を自らの意志で去った結果、激務と過度のストレスで精神を病み、逃げるようにして職を手放した。一度病んだ精神を元に戻すのはそう簡単ではない。金銭的な不安、先行きに対する不安、職に対する不安など、あらゆる不安要素を抱えてまともな判断ができないまま、赤字の毎日を過ごしている。

その傍ら、様々な事を知り、考えさせられ、あのまま働き続けていたら決して足を運ぶことのない場所に出向いた。初夏のある日、少し時間を持て余していたのでふらりと足を運んだのである。

そこに、この国のために尊い命を捧げたある若者の文が転記されていた。

今から敵に向かってゆこうとする若者の遺書だ。

衝撃だった。20代前半の若者が、あれほどまでに強く決心し、国のためを思って命を懸ける。そしてなお、親や兄弟姉妹、親戚などに向けて感謝の言葉を直筆で連ねる。私には決してできないだろう。

後日、その遺書を集めた本を読んだ。ひとつひとつ、声を出して読んだ。涙が溢れ出して止まらなかった。

この勇敢な若者たちに比べたら、私の不安など比ではない。雨風を凌げるどころか、蛇口をひねればきれいな水が出る。お湯も出る。電気もガスもあるし、トイレもある。誰にも邪魔されることなく、危機感なしに心地よいベッドで眠れる。贅沢品はないが食べ物はある。収入より支出の方が多く、非正規だが働きだした。貯金を崩しながらのビンボー生活だが今のところ借金はない。幼い時に戦争を体験した両親も健在。私自分も健康だ。

自分の弱さに幻滅する。

戦後70年という節目の年にあの場所に足を運んだのは、何か意味があって呼ばれたのであろう。自分の愚かさに気づき、全てが希望通りではないがこの平穏な日々に感謝することを忘れていた自分への戒めだったのかもしれない。

多くの大事な命が捧げられた結果として今があることを忘れてはいけない。



この先 [本日の感謝]

・・・私はどうするのだろう。

一応、社会復帰することは決まった。が、これで終わりではない。非正規雇用は資格を取るまでのつなぎであると割り切っているので、本当の意味での転職活動は年明け辺りからまた開始するのだろう。

両親には本当に心配をかけた。特に母にはいつも助けてもらって支えてもらっている。40半ばになってまで、私は一体何をしているのだろう。

先週末から昨日まで、実家に戻っていた。

母は気丈だ。日常生活にはほぼ支障はないが、それでも流石に身体のあちこちが故障している。膝の痛みや腰痛、ある病気で近くの町医者に週に2度注射に行っている。私がどんなにグダグダでも決して否定せず、いつも元気づけてくれる。暑い中、片道約30分かけて、車で私を駅まで迎えに来てくれるし、送ってくれる。嫌な顔ひとつせず、いつもいつも優しい母。

私は、母のようなひとになりたかった。

父は頑固だが、まっすぐな人だ。曲がったことや不公平が大嫌い。時々裏目に出ることもあるが、不器用ながらも本人なりに努力していることもある。そんな父も、今回の私の適応障害や無職について何も言わずにただ黙って見守ってくれている。

ありがとう。

考えてはいけないが、恒久ではない。私一人では生きてゆけない。

どこで間違ったかな、と考えることが幾度もある。

この先、私は一人でどうするのだろう。


今日でまた一つ歳を重ねた [本日の感謝]

・・・のである。

父がちょっとした手術を受けて母だけだったので、少しのんびりしようと先週半ばから実家に戻っていた。

朝目が覚めて、起きて、泣けてきた。

何十何年か前、私が生まれたこの日、私が今こんな状態でいるなどと誰が思っただろうか。

まだまだ昭和の時代。日本全体が夢や希望でいっぱいだった頃。私が生まれた瞬間、父も母もそれはそれは喜んだことであろう。五体満足の元気でジャンボな女の子だ。4つ上の姉はついに「おねえちゃん」になり、私は家族の一員として迎え入れられた。

とても裕福、とは言えなかったかもしれないが、父と母と姉からたくさんの愛情と優しさを受けて、大事に大事に育てられ、大病も大怪我もすることはなかった。

たくさんのワガママも言ったし、ひっくりかえって泣きわめいて欲しいものを手に入れたこともある。

もちろん、言うことを聞かなかったときには物置小屋に閉じ込められ、大声で泣き叫びながら扉をけ破って脱走したこともあるし、ベランダで締め出されえたときには、犬が冷めた目で見守る中、雨樋を伝って庭に降り立ち、何食わぬ顔で玄関から戻ったこともある。

小さい頃の思い出がたくさん蘇ってくる。

社会人になってからも、2度も海外へ長期滞在した。
大事な娘が、見知らぬ土地に一人で行くことを、両親はどんなに心配したであろうか。

それなのに、私は自分の事しか考えず、勝手気ままに行動しては落ち込み、その度に両親に心配を掛け、嫁にも行かず、この年まで過ごしてきた。

自分勝手とはこのことか。
親不孝者とは私のことか。

情けない。

あの時に生まれた我が子が、中年になってパワハラを受けて適応障害で無職になり、目の前で苦しんでいる。

私も苦しいが、それを目のあたりにした両親はもっと苦しいかもしれない。

ごめんなさい。

ごめんなさい、お父さん、お母さん。

こんな歳になってまで心配をかけてごめんなさい。

今はどん底ですが、そのうちきっと笑い話になります。
だから、もう少し待って下さい。

私も、これを試練だと思って受けます。


最高の贅沢 [本日の感謝]

・・・をしてきた。

昨日の話。

時給1000円で週休3日というビンボーバイト生活の身でありながら、絶対に見送り出来ない最高の贅沢をしてきた。花見である。

花見と言っても、独りで桜の木の下をぶらりとのんびり散歩するだけだ。毎年必ず2ヶ所訪れるのだが、週休3日のこのチャンスを活かし、金曜の真っ昼間に行ってきた。

まずは近所の公園へ。流石に平日のお昼前なので、公園はスッカスカ。春休み中でお花見を催している人や幼稚園児の団体がいたが、静かにゆっくり見られた。

次は10分ほど電車に乗り、川沿いに植えられている桜を愛でてきた。こちらは「桜祭り」の提灯が下がっていたが、こちらも平日だったのでうるさい出店や、沿道での花見客はほとんどいない。

割と風が強かったため、桜吹雪の中をじっくりのんびり歩いた。吹き溜まりには散った桜の花びらがたくさん溜まっていて、袋一杯に花びらを詰めている子供もいた。

途中で幾つか橋があるのだが、橋の真ん中から川を見ると、両側から伸びた桜が見事に咲き誇っている。

のんびりのんびり歩きながら、コンビニで買ったどら焼きを食べた。衝動的に食い気が湧き上がって買ったポテトチップスも食べた。うまい。

ビンボーにとっては最高の贅沢だ。今年も逃すことなくお花見ができた。

桜は毎年見事な花をつける。夏がどんなに暑くても、冬がどんなに寒くても、何も変えずに毎年同じ花を同じ色で咲かせる。毎年毎年桜には感謝だ。

それに比べて、私はなんと文句の多いことか。

「今あるもので出来ることを精いっぱいこなす」

簡単に思えることが、実はとても難しいのかもしれない。

ウン年振りに [本日の感謝]

・・・とある友人と会ってきた。

彼女とは、もう5~6年以上前に常駐先の現場で一緒の島にいた仲だ。

私は今もそうだが、当時はお互いに独身で、どうしようもなく下らない話で盛り上がっていた。私は間もなくして現場を離れたが、その後も彼女とは時々ご飯を一緒に食べに行ったりしていた。何年かして彼女は結婚し、年賀状程度のやり取りになってしまったが、数か月前にとあるソーシャル系のアプリを通じで話をするようになった。

私が現場を去ってから、彼女の親御さんの具合が悪くなり、自宅と実家を往復しながらご両親の身の回りの世話をしていることを聞いていた。当時は、お母様の具合が芳しくなく、乱暴な言い方をすれば「振り回されている」とグチを聞いたこともあった。

今のビンボー生活のお陰で夢の週休4日を送る私は、ここぞとばかりに平日の日中を利用し、ウン年振りに彼女との再開を果たしたのである。

「介護疲れしている」という彼女は、相変わらず自宅と実家を往復しながらご両親の面倒を見ている。

聞けば、今度はお父様の具合がとても悪く、それに伴う介護だのヘルパーさんだのの手続きで毎日右往左往しており、それに加えて24時間お構いなしに投げられるお母様からの要望を聞きとげながら、毎日睡眠不足やストレスと闘っているとのこと。

表面は至って普通にしていたが、きっと彼女はものすごく葛藤しているのだと思う。

それに比べて、年老いた親を田舎に残し、勝手に転職して、勝手にメンタル落ちして、勝手に無職になって、勝手にビンボー騒ぎしている私は、なんと親不孝なのかと思った。

五体満足で生んでもらって、大きな病気も怪我もせずに育ててもらい、独りでお金を稼いで暮らせるようにしてもらったのに。何かにつけて強い言葉や乱暴な言葉を投げてみたり、感情に任せて振る舞ってみたり。それでも、いつも、いつでもありのままの私を無条件で受け止めてくれたのに。私は何もしていない。

情けなくて涙が出てきた。止まらなくなった。

数年前、まさか自分たちがこんなことを話題にするなんて微塵も思っていなかったね、などと言って笑い飛ばしたが、彼女も私も確実に歳を取っている。

自分のことを第一に考えていられる私は、まだまだ恵まれている。

感謝しなくてはならない。

そんなことを考える機会を与えてくれた彼女にも、感謝しなくてはならない。

スポーツジムのおばちゃん [本日の感謝]

・・・たちはみんな元気で優しい。

いつも同じクラスに参加するので、数名とは顔見知りである。が、お互いに名前は知らない。それでも、いつも仲良く一緒におしゃべりをしてくれる。私のとってはとても有難い存在だ。

その顔見知りのおばちゃんの中に、何故か私をとても気に入ってくれているおばちゃんがいる。

昨日、久しぶりにお会いしたので、お風呂でいろいろな世間話をした。年末に転職したものの、結局精神的に厳しくなり、まるで逃げ出すように突然辞めてしまったことや、適応障害で今はバイトで食いつないでいることなど。。。

先に私がお風呂を上がったのだが、少し後にまた更衣室で会った。

私のビンボー生活を憐れに感じてくださったのか、「運動の後でお腹空いたでしょ?これさあ、どっちか食べない?」と、チョコレートをひと箱くれた。有難い。。。

しかも、ジムを出るときに、「これ、あげるから食べなさい。期限があるからさ。」と、今月末までとあるファストフード店で使えるクーポンまでくれた。正しくは株主優待券で、ハンバーガー、ポテト、ドリンクを各々1つずつどれでも選べるらしい。「あのさ、単価が一番高いものにするといいわよ。あ、ポテトはタダでサラダと取り替えられるから、栄養を考えてサラダにしなさい。飲み物は、変なジュースとかダメよ。」とアドバイスまでいただいた。有難い。。。

次回お会いした際に、何を食べたかを報告することになっている。

私もいつか、彼女のような振る舞いができるステキなおばちゃんになりたい。


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20110221 [本日の感謝]

昨日の感謝になっちまいます。しかも、特定の人物への感謝でございます。

 ・突発呼び出しに対応してくださったナントカさん、ありがとうございます。
 ・しかも、徹夜でサンプル資料を作成してくれた。。。うっうっ。。。(感激)
 ・それを、根気良く教えてくれて。。。うううっ。。。(涙)
 ・俯瞰してるし。。。(号泣)
 ・〆はとても楽しい話でした。うおーんおんおん。

こういう人物は社内にはいませんな、うんうん。


20110209 [本日の感謝]

本当は昨日の感謝なのですが、忘れる前に感謝しておきます。

・最後にぶっちゃけ話をして下さった客先のナントカさん、感謝です。
 →・・・と同時に、私たちもとても残念です。。。
・帰りの新幹線で気を使って話題を振って下さった某Wさん、感謝です。
 →気分どん底+沈黙中だったので助かりました。
・軽食をご馳走して下さった某Hさん、感謝です。
 →お腹ペコペコだったのでとても美味しかったです。ウマー
・打ち合わせでカバーしてくれたチームのナントカくん、感謝です。
 →ヤツを言い含める度が上がりました。
・毎度ブーブー言う私の話を根気良く聞いてくれる母よ、感謝です。
 →泣けるぜ。


 
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